大相撲の歴代最多休場力士は誰か?横綱の記録と怪我の真相を解剖
土俵上で極限の肉体と精神をぶつけ合う大相撲において、力士の「休場」は常にファンの議論を呼び、本場所の熱量を大きく左右する重大事です。土俵に立てない苦悶を抱えながら、再起を期して土俵外で孤独なリハビリを重ねる力士がいる一方で、番付の頂点に立つ横綱には「休場か引退か」という過酷な二者択一が突きつけられます。
大相撲の長い歴史のなかで、通算や連続で最も多く土俵を休んだのは誰だったのでしょうか。記録の裏側に潜む力士生命を脅かす大怪我の真相、制度改革がもたらした光と影、そして番付と給与を巡るシビアな現実を、最新の土俵事情を踏まえて徹底的に解剖します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:横綱としての通算休場最多は貴乃花の201日(21場所)、連続全休記録も同氏の7場所連続(不皆勤を含めると稀勢の里の8場所連続)が歴代突出。
- 要点2:2003年の公傷制度廃止が力士の怪我の重篤化と早期引退に直結しており、横綱特権と進退勧告の狭間で休場判断が極限化。
- 要点3:休場中も月給は保障されるものの懸賞金や手当は激減し、関取座の維持か選手生命の延命かという構造的ジレンマが今なお続く。
【歴代データ検証】大相撲で休場最多となった力士と横綱の記録一覧
「歴代で最も休場した力士は誰なのか」という問いに対する答えは、現役通算で見るか、あるいは横綱在位中に絞るかによって対象が分かれます。幕内通算休場ランキングの上位には、大関として長く土俵を支え続けた魁皇(161日休場)や元関脇の琴錦(227日休場)、大関・栃東(213日休場)といった満身創痍の看板力士たちが名を連ねています。しかし、もっとも世間の耳目を集め、議論の的となってきたのは歴代横綱の休場記録です。
横綱在位中の通算休場数でトップに君臨するのは、第65代横綱の貴乃花です。在位43場所中、実に21場所で休場(うち全休11場所)を記録し、休場日数は通算201日に達します。在位期間の約半分近くを土俵外で過ごした計算になり、これは歴代横綱のなかでも際立った数字です。これに次ぐのが第64代横綱・曙の134日(在位48場所中16場所休場)や、第67代横綱・武蔵丸の115日(在位27場所中11場所休場)でした。
一方で、圧倒的な大横綱として歴代最多の優勝45回を誇る第69代横綱・白鵬の数字を見ると、横綱在位84場所に対して白鵬の通算休場数は95日(現役通算101日)にとどまります。在位期間の長さを考慮すれば休場率は極めて低く、驚異的な頑健さを保ち続けた証左といえます。しかしその白鵬でさえ、力士人生の最終盤では右膝の手術により6場所連続休場を経験しました。
| 力士名(最高位) | 横綱在位中の休場データ | 主な休場理由・怪我の部位 | 編集部の見解・評価 |
|---|---|---|---|
| 貴乃花(第65代横綱) | 休場21場所 / 201日 7場所連続全休 | 右膝半月板損傷、外側側副靭帯断裂 | 通算・連続全休ともに横綱史上最多。強行出場による代償が選手生命を極端に縮めた典型例。 |
| 稀勢の里(第72代横綱) | 休場9場所 / 91日 8場所連続不皆勤 | 左大胸筋断裂、左上腕二頭筋損傷 | 途中休場と再出場を挟みつつ8場所連続で皆勤を逃す。新横綱場所での劇的優勝の負債が直撃。 |
| 照ノ富士(第73代横綱) | 休場10場所超 / 100日超 複数回の長期休場 | 両膝前十字靭帯損傷、変形性膝関節症、腰痛 | 序二段からの奇跡の復活劇を遂げたものの、昇進後は度重なる休場と優勝を繰り返す極端なキャリア。 |
| 曙(第64代横綱) | 休場16場所 / 134日 3場所連続全休など | 慢性的な両膝痛、腰痛 | 200キロを超える巨体を支えきれず膝の故障に泣いたが、出場すれば高確率で優勝争いに絡む意地を見せた。 |
| 白鵬(第69代横綱) | 休場14場所 / 95日 6場所連続休場 | 右膝関節内視鏡手術、右足親指骨折 | 全盛期は無類の頑丈さを誇ったが、晩年は膝の致命傷により横審からの決議を受ける事態に。 |
連続休場最多記録という観点では、純粋な「全休」の連続記録としては貴乃花の7場所連続全休(2001年名古屋場所〜2002年名古屋場所)が戦後最長です。一方で、途中休場や再出場を挟んで本場所を15日間完走できなかった「不皆勤」を含めると、稀勢の里の8場所連続休場(2017年夏場所〜2018年名古屋場所)が歴代ワーストとなります。いずれも、最高位の誇りと肉体の損壊がせめぎ合った痛烈な記録です。
なぜこれほど休場が増えたのか?公傷制度の廃止理由と番付維持の裏側
力士がこれほどまでに休場に追い込まれ、また一度の怪我から復帰が困難になる最大の転換点は、2003年(平成15年)九州場所限りで断行された公傷制度の廃止理由にあります。1972年に導入された公傷制度は、本場所の土俵上で負傷した場合、医師の診断と日本相撲協会の審査を経て「公傷」と認められれば、翌場所を全休しても番付が据え置かれるという画期的なセーフティネットでした。
しかし、制度の運用が進むにつれて「土俵外で悪化させた持病ではないか」「診断書の基準が曖昧で公平性に欠ける」といった批判が噴出します。さらに、公傷を適用された力士が翌々場所で無理をして再び負傷する悪循環や、公傷狙いの相撲が見られるといった指摘が相次ぎ、最終的に相撲協会は「力士のプロ意識向上と公平性の担保」を名目に制度を完全撤廃しました。
この公傷制度の廃止によって、大関以下の力士たちには残酷な現実が突きつけられることになりました。大相撲における休場時の給与と番付への影響は極めて過酷です。横綱だけは「どれだけ休場しても大関に降格しない」という絶対的な特権を持ちますが、大関は2場所連続負け越し(全休含む)で即座に陥落します。関脇以下の幕内力士に至っては、1場所全休すれば15敗扱いとなり、一気に十両へ、場合によっては幕下へと転落してしまいます。
給与面での打撃も致命的です。十両以上の関取である限り、休場中であっても日本相撲協会から月給(横綱:約300万円、大関:約250万円、平幕:約140万円)は支給されます。しかし、本場所に出場しなければ懸賞金(1本につき手取り3万円)も力士褒賞金の加算もゼロになり、各種手当も受け取れません。さらに幕下に転落した瞬間、固定給は完全に消滅し、年6回の場所手当(数十万円程度)のみの生活へと突き落とされます。
この番付維持のプレッシャーが、無理な強行出場や、近年見直しの議論が絶えない途中休場と再出場のルールの歪みを生み出しています。現行規定では、初日から休場した力士が途中で出場することは認められていませんが、初日から出場した力士が途中で休場し、治療後に再出場することは可能です。結果として、「番付を落としたくないために完治せぬまま出場し、悪化させて途中休場、数日後に勝ち越しを拾うためだけに再出場する」という、医学的見地から極めて危険な綱渡りが常態化していきました。
貴乃花と稀勢の里が直面した重圧|怪我の真相と横綱審議委員会の影
相撲史において、休場の過酷さを象徴する二大悲劇が貴乃花と稀勢の里の事例です。両者の肉体を破壊したのは、皮肉にも日本中を熱狂させた劇的な「奇跡の優勝」でした。
世間を震撼させた貴乃花の休場理由の発端は、2001年夏場所14日目、武蔵丸戦で負った右膝の重傷でした。半月板損傷および外側側副靭帯断裂という、歩行すら不可能な大怪我を負いながら、翌日の千秋楽に出場。本割で武蔵丸に敗れたものの、優勝決定戦で見せた渾身の右上手投げで優勝を果たし、当時の小泉純一郎首相が「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!」と叫んだシーンは平成の名場面として刻まれています。しかし、その栄光の代償は想像を絶するものでした。
貴乃花は翌場所からフランスでの手術と長いリハビリを余儀なくされ、前代未聞の7場所連続全休に追い込まれます。公の場で見せる表情には日増しに険しさが募り、当時の特番インタビューや後年の手記において「右足の感覚が麻痺し、土俵を踏むことすら恐怖だった」「引退の文字が頭から離れる日は一日もなかった」と赤裸々に語っています。2002年秋場所に復帰して12勝3敗の準優勝を果たし「不屈の横綱」を証明したものの、肉体はすでに限界を超えており、翌年始めに現役の幕を下ろしました。
そして平成の終わり、日本中を歓喜と悲哀で包んだのが稀勢の里の連続休場です。19年ぶりの日本出身横綱として期待を一身に背負った稀勢の里は、新横綱となった2017年春場所13日目の日馬富士戦で左大胸筋を断裂。激痛で顔を歪めながらも強行出場を続け、千秋楽の本割・決定戦で照ノ富士を連破して逆転優勝を飾りました。しかし、内出血で黒く変色した左胸の筋肉は断裂したままであり、左腕の推力を完全に失う致命傷となっていました。
翌場所からの稀勢の里は、出場しては途中休場を繰り返し、8場所連続で皆勤を逃す泥沼に沈みます。ここで力士の精神を容赦なく追い詰めるのが、日本相撲協会の諮問機関である横綱審議委員会の引退勧告を巡るプレッシャーです。横審の内規には、成績不振や度重なる休場に対して「激励」「注意」「引退勧告」の3段階の決議が存在します。「注意」が出されれば事実上の最終通告であり、「引退勧告」は出席委員の3分の2以上の賛成で下される事実上の強制引退処分を意味します。
稀勢の里に対しては、かつての功績と国民的人気への配慮から長らく猶予が与えられていましたが、連続休場が長期化するにつれて横審やメディアからの風当たりは限界に達しました。2018年九州場所で横審から異例の「激励」決議を受け、背水の陣で臨んだ2019年初場所、初日から3連敗を喫した稀勢の里は、涙の会見とともに土俵を去りました。治癒を待たずに強行出場を迫られる構造が、希代の名横綱の寿命を奪った瞬間でした。

【2026年最新情勢】照ノ富士の怪我と現在|現代大相撲が抱える構造的限界
時代が下り、大相撲2026年最新ニュースの土俵において休場問題の中心にあり続けているのが、第73代横綱・照ノ富士です。両膝の前十字靭帯断裂、外側側副靭帯損傷、さらには重度の糖尿病とC型肝炎を併発し、大関から序二段まで転落しながら横綱まで登りつめた軌跡は、スポーツ史上類を見ない奇跡として語り継がれています。しかし、横綱昇進後の照ノ富士の怪我と現在の歩みは、休場との果てしない戦いの連続です。
両膝に全く靭帯が残っておらず、骨と骨が直接擦れ合うような状態で相撲を取る照ノ富士の肉体は、場所ごとに悲鳴を上げてきました。昇進以降、2場所連続優勝を果たしたかと思えば、翌場所は膝の手術や腰痛の悪化で途中休場、あるいは数場所連続で全休するというサイクルを幾度となく繰り返しています。驚くべきは、数場所休場した後の復帰場所で、万全とは言えない状態でありながら圧倒的な腕力と相撲勘でやすやすと幕内最高優勝をさらっていく点です。
この「休場続きだが、出れば勝つ」という照ノ富士の特異なスタイルは、相撲界とファンの間で激しい二論を巻き起こしています。X(旧Twitter)やネット掲示板、知恵袋などのコミュニティでは、毎場所のように激しい議論が交わされています。
「両膝が破壊されているなかで土俵に上がり続ける姿は尊い。しっかり休んで万全の状態で本場所を締めてほしい」と満身創痍の横綱を擁護する声がある一方で、「本場所の半分以上を休場しながら横綱の座に居座り続けるのは番付の私物化ではないか」「15日間土俵を守ってこその最高位であり、責任を果たせないなら身を引くべきだ」という厳しい批判も根強く存在します。
一人横綱として番付の看板を背負い続けたプレッシャー、若手や新大関たちの突き上げと世代交代の遅れが、照ノ富士に「休めないが、出られない」という過酷なジレンマを強いてきた側面は否めません。現代の大相撲は力士の大型化が極限まで進み、平均体重は160キロを超えています。人間の関節構造の限界を超えた衝突が年6場所、90日間にわたって繰り返される過密日程そのものが、現代力士の肉体を構造的に破壊しているのです。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|「休場=給料泥棒」は本当か?
ネット上の言説において、力士の休場に対して頻繁に投げかけられるのが「休場しても月給を満額もらって安泰なのだから給料泥棒ではないか」という短絡的なバッシングです。しかし、相撲部屋の現場実態と力士の経済構造を客観的に検証すると、この批判が的外れな誤解に基づいていることが浮き彫りになります。
確かに十両以上の関取は、1場所全休しても相撲協会からの基本給が差し引かれることはありません。しかし、相撲取りの収入の大部分を占めるのは、活躍に応じたインセンティブです。本場所で勝ち星を挙げなければ、力士の退職金代わりとも言える「力士褒賞金」の持ち給金は一切上がりません。さらに、横綱や大関クラスであれば1場所に数千万円規模にのぼる指定懸賞金の獲得権利を完全に失います。
加えて、長期休場に追い込まれた力士が負担する医療費、専属トレーナーの雇用費、リハビリ施設の利用料は莫大であり、その多くは自己負担です。何より、大相撲は「休んで完治を待つ」ことが制度的に極めて許されにくい世界です。休場が長引けば後援会やタニマチの離脱を招き、親方株の取得や引退後の相撲協会への残留を巡る力学にも深刻な影を落とします。力士にとって休場とは、決して「優雅な有給休暇」などではなく、精神的・経済的・社会的な孤立を深める極限の試練なのです。
【プロの結論】伝統の同調圧力と観戦者に求められるリテラシー
スポーツ社会学および組織心理学の観点から大相撲の休場問題を分析すると、ここには日本古来の「自己犠牲を美徳とする共同体文化」と「同調圧力」の構造が色濃く反映されています。大相撲において、怪我を押して土俵に上がる姿は「美談」として消費されやすく、合理的に体を休める判断は「根性不足」「無責任」として糾弾されがちでした。
公傷制度の廃止以降、力士は「将来の選手生命を犠牲にして目先の番付を守る」か、「休場して番付陥落の屈辱を味わう」かという、極端な二者択一を強いられてきました。大相撲を愛し、真摯に観戦を楽しむファンであるならば、目先の勝敗や出欠情報に一喜一憂して短絡的な批判を浴びせるのではなく、背景にある力士の身体的限界と制度的欠陥を冷静に見極めるリテラシーが求められます。
【力士の休場報道に向き合うための判断基準】
- 冷静に見守るべき人:力士の怪我の部位や手術内容などの医学的リスクを理解し、長期的なキャリアと相撲の質を重視して応援できるファン。
- 過剰なバッシングを避けるべき人:「チケット代を払っているのだから全員皆勤して当たり前」「休むのはたるんでいるからだ」と、昭和的な精神論のみで現代の過酷な土俵を裁こうとしてしまうファン。

【大相撲 休場 最多】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:大相撲の歴代横綱で、通算休場数が最も多いのは誰ですか?
A1:横綱在位中の通算休場数では、第65代横綱・貴乃花が201日(21場所休場)で歴代最多です。在位43場所のうち約半数で土俵を休みました。次いで曙の134日、武蔵丸の115日となっています。
Q2:休場している力士は、その間の給与(月給)を減額されるのですか?
A2:十両以上の関取であれば、休場中であっても日本相撲協会から支給される月給は全額保障されます。ただし、土俵に上がらないため勝利ごとの懸賞金や本場所の手当は一切入らず、関脇以下は翌場所の番付が大幅に下がるため、十両や幕下に転落すれば収入は激減または消滅します。
Q3:怪我で途中休場した力士が、同じ本場所中に再び土俵へ戻ることは可能ですか?
A3:可能です。初日から出場した力士が途中で怪我をして休場した場合、医師の診断書を提出して相撲協会の承認を得れば、場所の後半に再出場することができます。ただし、初日からの全休力士が途中から出場することは認められていません。
まとめ:過酷な土俵の現実とこれからの大相撲に求められる変革
大相撲の「休場 最多」という記録は、単なる怠慢や不運の数字ではなく、人間の骨肉の限界を超えて土俵に立ち続けた力士たちが払った、途方もない代償の爪痕です。貴乃花が右膝を壊しながら見せた鬼気迫る優勝決定戦も、稀勢の里が左胸の筋肉を断裂させながら掴み取った賜杯も、ファンの胸に永遠に焼き付く伝説となった一方で、その後の過酷な連続休場劇へと直結しました。
2026年現在の土俵においても、力士の超大型化と年間6場所の過密日程による故障リスクは深刻さを増しています。かつて存在した公傷制度の再設計や、怪我を隠しての強行出場を防ぐドクターストップ制度の導入など、伝統と選手生命の保護を両立させる抜本的な議論から目を背けることはできません。過酷な運命と戦いながら土俵に命を懸ける力士たちの真実の姿を理解することこそが、私たちがこの伝統国技を正しく見守るための第一歩です。 (出典: 大相撲 休場 最多(Yahoo!ニュース))